ライズを待ち続けて

東北の渓流を舞台とした釣り物語

アメリカ旅行の道すがらフライフィッシングをしてみた⑧

キャッチアンドリリース区間  

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峠のロッジの焚火

 

 車で上流に向かった。まもなく一つ目のキャッチアンドリリース区間に入った。道路は川からつかず離れず並んで走っている。林間から覗く渓相は瀬が主体のようで、どこからでも川に入れそうに見える。それが1マイルほどでいったん途切れるが、間もなく2つ目の区間になった。こちらは渓相には変化があり荒々しく早い流れもあるようだった。両方合わせても4キロ程度である。ちなみにシーズン中よく通っている宮城県の荒雄川は、隣接するA、B区間合わせて6.2キロある。 遜色がなく立派なものです。

 シーズンオフだからなのか平日だからなのか、行き来する車も殆どない。さらに上流へ進むと、鉄道の踏切があり、折しも警報機が鳴っていた。車を停めて待っていると貨車を引いた機関車が轟音をたててやってきて、線路を軋ませながら目の前を通過していった。その後ろには、一両が日本のものよりかなり長い大型の貨車が延々と連結されており、待っているもの飽きるくらいに途切れずに続いた。最後尾が行ってしまうと、また静けさが戻ってきた。

 キャッチアンドリリース区間が終わる水力発電所のあるダムまで登ると、大きな湖の向こうには晩秋の山並みが広がっていた。時刻は午後5時を過ぎていたが空はまだ青い。この季節この時刻なら、日本ではもうとっくに日が暮れている。緯度が高いマサチューセッツ州の方が日暮れは早い筈なのにと思うと不思議で頭から抜けなかった。しかし、その日の宿にしていた峠のロッジ着くころにはすっかり日も落ちてしまい、庭に灯された火の明かりに迎えられるようにして、その長い一日は終えたのだった。 

 謎が解けたのは、3日後の帰国する当日のことだった。朝に目を覚ますと、腕時計の時間が1時間進んでいた。これは夜中に夏時間が終わったことによるものである。アメリカでは夏時間が採用されていて、毎年3月の第2日曜日に始まり、11月の第1日曜日午前2時に終わるのだ。注意を喚起する表示やアナウンスによって、気づいてはいたので慌てはしなかったが、時計の針を戻しながら、これまでは標準時よりも1時間進んでいたことに気づかされた。つまりは、午後5時の風景は実際は午後4時のものなので、だから、日暮れが遅いと感じたわけだ。夏時間を英語ではDaylight Saving Time と言うことだが、その意味が実感を伴って理解できた。 夏時間制度は、これまで日本でも話題になったことがあるが、釣りにも少なからず関係することだということがわかった。

アメリカ旅行の道すがらフライフィッシングをしてみた⑦

7 極東から来た釣り師

   

Deerfield River で釣れたレインボートラウト



 河畔に立ち並ぶメイプルツリーに見守られながら、はやり立つ気持ちを抑え、6本のパックロッドをつないだ。そしてシンクチップをまいたリールを取り付け、リーダーにはオレンジのエッグフライを結んだ。背後に障害物はないので思い切ったキャスティングができたが、ロッドを前後に振ると、ラインの荷重に耐えかねたように、ロッドのグリップあたりがミシミシとしなり音を上げた。これで50センチのマスがかかったら岸に上げられるだろうか。 

 フライを対岸めがけて投げつけ、ラインを沈め、メンディングをかける。水の流れが緩いポイントにフライを通過させたがなんの反応もない。フライが十分に沈んでいないようなので、小さいウエイトを噛ませる。それでもあたりがないので、リーダーを短くしてみた。それでも反応が全くないので、フライも淡いピンク色に変えてみた。水温も低そうなので魚が川底についてじっとしていることを想像した。 

 少しずつ下りながら30分もやっていたところで、グイっとラインを手繰られるようなあたりが初めてあった。手首で合わせてやると、それに抗う動きが手元に伝わってきた。魚は流れの筋を超えて反対側に逃げようとするのをロッドを立てて制止する。すると、今度は川上に向けて遡上しようとした。逃げる方向と反対側にロッドを立てていなしているうちに、やがて魚は足元に寄り、お互い目を合わせる距離まで近づいた。さらに逃げようとするのを手元に寄せ、それを数度繰り返した末に、背中にぶら下げていたネットを取り外して、すっと救い上げてやった。レインボートラウトだった。 

 河原には西日が強く差していた。浅瀬に寄せられた魚は、水底に折り重なったメイプルの落ち葉を背景にしてまぶしく輝いていた。極東から来た釣り師は、サイズを測るのも忘れて、それをしばらく見つめていた。 

 「オレはお前に会うためにここまで来たんだよ。」  

 横になった魚は打ち寄せる小さな波に揺られて口を開け閉めしていた。 

 魚を川に戻して、釣りを続けた。すぐにもう一度軽いあたりがあった。これはいけるなと思ったもののそれ以降は反応がない。2、3歩ずつ下流に移動して丁寧にポイントの底にフライを流したが反応はなかった。さらにポイントを探して瀬を釣りあがる手もあったが、日が傾いてきてしまい、水面に夕映えが反射して、水底が見えにくくなってきていた。釣りを続けるよりも、上流にある2つのキャッチアンドリリース区間がどのような様子なのか見ておきたくなり、釣りをここまでにして川からあがったのだった。

アメリカ旅行の道すがらフライフィッシングをしてみた ⑥

男との出会い

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西日に照らされる Deerfield River

  男はレモンイエロー色の作業着を着ていた。なにか用か?という表情をしている。 

 「こんにちは。あのー、ちょっと聞いてもいい?」 

 「うん。なによ?」 

 男は思ったよりも若く、気軽な感じで応じてくれた。 

 「このあたりでは釣りをしたいと思っているんだけど、やっていいのかな。」 

 「もちろんだよ。」  

  男はなんだ、そんなことかと言わんばかりで、笑顔を浮かべた。  

 「魚は川のどのあたりにいるのかな。」 

 「こっちでも、あっちでも、どこにでもいるよ。」 

 男は、anywhere ! と、腕を伸ばしてあちこちを指差した。  

 「それで、どんなマスが釣れるの?」 

 「レインボートラウト、ブラウンにブルックだよ。いっぱいいるよ。」 

 いっぱいなのか~。 

 「じゃ、やってみようかな。初めて来たんだよ。車はどこに止めればいいの?」 

 「どこでもいいんだけどさ。ここから2,3、マイル下ると公園があるから、そこに止めればいいよ。川も近いし。」 

 「そうなんだね。親切にありがとう。ちなみにそこのコールドリバーでも釣れるの?」

と、今通ってきた川の方を向いて尋ねた。 

 「釣れるけど、あっちの本流の方が大きいのが釣れる。絶対あっちの方がいいよ。」 

  big one ! という言葉をしっかりと聞き取ることができた。

 「ありがとう。そうしてみる。」

 「じゃあな。グッドラック 」

と、話が終わって行きかけた男に、  

 「そうそう。釣り券は買ってあるんだ。」 

と、もう一声かけた。男は一言、 

 「Great ! 」 

と言ってくれた。 

 

 機嫌よく教えてくれたことに感謝しつつ、言われた場所を探してみる。橋を渡ったところを左に入ると言われたと思うが、実際には橋が2つあり、手前の小さな橋を過ぎてところで左の側道を行くとやがて道は行き止まりで公園はなかった。そこで今度は大きな橋を渡ると、川沿いに道はあるが公園は右手にあった。聞き違えたのかなと思いとりあえず、その公園内に駐車する。と、10メートルも離れていいない草の上を、ダチョウを小型にした鳥たちの群れが、わさわさと固まって、落ち穂を拾うようになにかを捕食していることに気がついた。写真を撮ろうと近づくと、迷惑そうにそそくさと藪の中に隠れていった。 

 そこから川は目と鼻の先にあるが、道路と川の間には、平屋のトレーラーハウスのような家が立ち並んでおり、敷地の入り口にはプライベートエリアと表示されているから、立ち入るのは憚られた。そこから大きく橋のたもとまで迂回して、やっとDeerfield Riverの河原に降り立つことができた。

 流れの幅は広いところで十数メートルくらい。平瀬が川幅いっぱいに広がっている。右岸は広河原で人家のある草地へとつながっている。左岸は数メートルの高さがある崖でえぐられて地層が露出していた。川辺に釣り人の姿なない。時間は午後2時半を過ぎていて、日が暮れるまでの残された時間は2時間程度であろうが、それまでの時間、誰にも気兼ねなく、釣りに耽溺することができそうだった。 

 日の光、青空、雲の流れ、河畔林、河原の石、水の流れ。同じ温帯域にあるせいか、景色は日本と変わらない姿に見えた。