ライズを待ち続けて

東北の渓流を舞台とした釣り物語

川で失くしてきたもの   4 釣り友達 

 

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シンジもまた、中学生活に馴染めない生徒のひとりであった。シンジは中学入学後、運動部に入ったが、他の部員が簡単にこなしている日々の練習についていくのが辛かった。先輩からは根性がない奴だと思われているのが悔しくて、意気地を見せようとも思うのだが、準備運動でランニングをするだけでも周回遅れになってしまった。

休み時間になると生徒同士が大きな声を出して言い争っていたり、殴り合いのけんかにまでなることも珍しくはなかった。一部の粗暴な生徒はグループ化して、いつも目つきを鋭くさせて校内を歩き回る姿は、獲物を狙っているようにシンジには思え、それから身を隠すようにして過ごすことが情けなかった。

シンジは、こんな学校から逃げるようにして、放課後や休みの日は、自転車を漕いで、ひとりで農村地域の小さな川まで釣りに行くようになった。

 

シンジが住むこの地方では、5月の連休を過ぎた頃からいっせいに春が加速して、花が咲き、生き物たちが動き始める。川も雪解け水が収まり、川岸の木にまとわりつくフジが花をつけるようになると、魚たちは盛んに餌を追うようになり、渓流釣りは本格的なシーズンを迎えた。

 

川には、ヤマメやウグイ、ハヤなどが生息していた。シンジは、土手から竿を伸ばしたり、長靴で川の浅い流れに立ちこんで、小さなウキの動きに神経を集中させた。シンジの腕では、動きの速いヤマメは滅多に手にすることがなかったが、運よく釣れるとシンジは底のついた魚籠に入れてその様子を観察した。

ヤマメは見る角度によって、体の色が異なっていた。真上から見ると、渋いオリーブ色をしており、すっかり水に溶け込んでしまうが、少し魚体を傾けると、ボディは銀色に光を反射した。そして、体側の中心には、ほのかな朱色のラインが頭から尻尾まで伸びており、それを軸にして、薄い藍色の小判型のパーマークが間隔をおいて並んでいた。さらに、胸びれ、腹びれ、尾びれなどは山吹色に縁どられており、これらの色のコンビネーションが素晴らしかった。それだけでも十分だったが、体長が20センチを超えてくるとボディが流線形に整い、美しさを増していた。シンジは、釣った魚に見とれていた。

 

そして、たとえ魚が釣れなくても、土手に座って、川面を流れる風に身を晒したり、雲がゆっくりと西から東へと流れるのを見ているだけでも心地よかった。ここには学校の喧騒はなく、同級生も先輩も先生がやって来ることはなかった。あの雲の行く先にはどんな町がありどんな人々が住んでいるのだろうか、と夢想し時を過ごしていた。微塵も孤独を感じなかった。

そうしているある時、

「シンジか」

と後ろから大きな声を掛けられた。驚いて後を振り向くと、そこにはシゲハルが釣竿を手にして立っていた。