ライズを待ち続けて

東北の渓流を舞台とした釣り物語

川で失くしてきたもの   6 シゲハルの住まい

f:id:Sinbliz:20210929172731j:plain

 

その日、シンジは学校からの帰り道にシゲハルの家に寄った。シゲハルに家に行くのは初めてあった。シゲハルの家は平屋の一軒家で、シンジが玄関に向かって歩もうとすると、シゲハルは、あわててそれを制して

「こっち」

と、母屋の隣にある木造の小さな倉庫にシンジを案内した。倉庫の木製の大きな観音開きの戸を手前に開くと、屋内には天井や内壁がなく、柱や梁はその木材が剥き出しになっていた。床は土間で硬い土の上には筵(むしろ)が一枚敷かれていた。窓もないので、扉を閉めると中は暗く、屋根裏から伸びてぶら下がっている裸電球が室内を照らした。小屋の奥には古い農機具らしきものが置かれており、油の臭いが漂っていた。

母屋には、じいちゃんとばあちゃん、おじさんが住んでいるという。以前はシゲハルも母屋で暮らしていたが、こっちの方が気楽だという。筵の傍らには布団がたたんであり、ここで寝泊まりしていた。

二人は筵に腰を下ろした。シンジが部屋の中を見渡すと、土間の凹みにブルーの小さな紙片が落ちているのが目に入った。手に取ってみると、焦げている紙片には見覚えがあるハトのマークがあった。英語の教科書だった。

「じいちゃんがさ、俺の持ち物をゴミと一緒に燃やしてしまったんだ。」

シゲハルの家では、庭の片隅で、家庭ごみを焼くのだそうだが、シゲハルの英語の教科書もそこで焼かれてしまい、その燃え残りを拾ってきたものだという。じいちゃんはシゲハルに対する懲罰でやったらしいが、それにしても、孫の教科書を焼いてしまうという行動が、シンジには理解できなかった。シゲハルは、

「大事なものは部屋にも置いておけないんだ」

と言った。

 シゲハルは、家のことをボツボツと語っていたが、ふと外の気配を気にして、声を潜めた。外からは大きな声が聞こえてきた。

「シゲハル」、「シゲハル」

シゲハルは返事をしなかった。すると、ザクッ、ザクッ、と、小屋の外で、庭に敷かれた玉砂利を踏む足音が近づいてきた。そして、入り口の扉がガタガタと揺れ始めた。

「じいちゃん なんだよう。なにか用か。」

「シゲハル、いたのか。帰ってきたら庭の木切れっていったべ。」

「わがった。じいちゃん、後からやっておくよ。」

とシゲハルは答えたが、じいちゃんはシゲハルが顔を見せないことを不審に思ったのか、

「だれがいんのが」

と、扉の隙間から室内を覗き込んだ。そして、シンジと目があった。

「だれだあ、おめえ」

シンジは初対面のじいちゃんから、憎しみの眼差しを向けられた。じいちゃんは声の割には小柄であった。白髪で、顔が赤らんでいた。呂律が回らないのは酒に酔っているせいのようだった。

「どこの野郎っ子だ、人の家さ勝手に家に入り込んで。」

「すぐ、帰んだから いいべ」

と、シゲハルは、シンジを庇い、扉を閉じようと手前に引いた。じいちゃんは、扉から手を離した際に、バランスを崩してよろめき、手をつく間もなく尻もちをついてしまった。 

シゲハルとシンジが小屋から出てみると、じいちゃんは、地面に横倒しになっていた。起き上がろうとして、体に力を入れて、顔を真っ赤にしていた。

「こらっシゲハル。手を貸せー」

シゲハルは、身動きできなくなっても威張っているじいちゃんの身を起こしてやって、立ち上がらせた。しかし、じいちゃんは、歩こうとするとふらふらしてしまって、シゲハルの手を借りないとまっすぐ立っていることもできなかった。