ライズを待ち続けて

東北の渓流を舞台とした釣り物語

釣り爺様の昔語り カーティスクリーク 2/8

その前の年はな、冬の間の雪が少なかった。そして春になってから急に気温が上がったんだ。だから、これは雪代水が落ちるのは早いだろうと予測したわけだ。そして、タカシに連絡して、いつもよりも一か月以上も早く一緒にその川へ行ったのだよ。タカシというのはワシの弟子さ。

それで、実際川に着いてみるとな、川の本流に流れ込む谷筋には残雪があったがな、もう雪代水の大半は流れ去って、水位は平水まで下がっていた。水は清らかなで、穏やか流れの中を釣り上がることができた。しかもな、他にだれも来ていなかったからな、川を二人で独占した気分だった。気持ちよかったね。

ところが、そうは物事うまくいくことばかりでない。釣りを始めたまでは良かったのだがな、肝心の魚が全然釣れねぇんだよ。川を釣り上がると驚いたイワナが慌てて逃げ隠れる姿を見ることがあるだろう。あんなのが全然ないんだよ。ワシとタカシは、こんな筈はないなと思いながら、あっちはどうだろう、そっちはどうだと、ここはと思うポイントをやってみたんだが、結果は同じだったんだよ。そんなもんだから、もしかしたら、だれか釣りの名人みたいのが既にやって来ていてな、イワナが釣り抜かれてしまい、川の中はすっからかんになってしまったんじゃないかと思うまでになっていったのさ。二人ともすっかり疲れてしまって意気揚々とした気持ちもしぼんでしまったよ。さんざん歩きまわったんで腹も減り、コンビニで買ったおにぎりを食べたころだったかな、お日さまが高く登り日差しが谷まで届くようになった。そしたら水面に浮かべたドライフライに、バシッと魚が反応したのだよ。浅い淵から瀬に変わろうとするかけあがりでな、一匹目のイワナが釣れた。そうなると至る所でイワナの姿を見ることができたんだ。

ほっと一息ついてな、見上げると川の両岸は山へと続く斜面でな。そこには、ブナ、ナラ、カエデとかな、トチとか朴とかな、いろいろな種類の落葉広葉樹が、まだ浅い緑色の新芽を出していた。美しい景色だった。

広葉樹林はな、秋の紅葉に人気があって、その季節になるとどっと人は山に集まるけれどな。あれは自分の目で見ているのかな。と言うのはな、端から紅葉がきれいだと思っているからそう見えているだけじゃないのかい。皆も知っていると思うけど、春から初夏にかけて広葉樹の芽吹きはよ、よく観察すると意外にいろんな色をしているもんだよ。緑系の色はもちろんあるけれど、茶色、黄色、グレイやピンクに見えるものもある。木は種類によって芽吹く時期もずれるからな、まだ冬枯れしている木々を背景にな、控えめな色だけれど山は多彩に染まるんだよ。そんでな、ひと雨降ると一段と新芽は延びるしな、晴れると葉の一枚々が広がるような気がするな。日に日に山の風景が変わっていくし、朝と夕方でも景色が違うこともある。そういうことに気づくものよ、渓流釣りの醍醐味のひとつだと思わないかい。