ライズを待ち続けて

東北の渓流を舞台とした釣り物語

釣り爺様の昔語り カーティスクリーク 5/8

 

そいつはな、ただサイズがでかいだけではなく、体色が白いイワナだった。アルビノとは違う。色が薄かったんだね。暗い谷だと思っていたんだが、実は河床には花崗岩が砕けた白い砂が堆積していたんだよ。そこに居ついていたから、環境に合わせてそんな色になったのだろうな。タカシは魚の大きさもさることながら、見たこともない魚体の気配にな、やったという喜びよりは、戸惑ってしまったらしい。とりあえず、デイパックの奥に持っていた家庭ごみ用のビニール袋に水を入れて、片手に携えて沢から出てきた。透明なビニール袋は川の水でたわわに膨らんでな、イワナを拡大したからなおさら大きく見えたよ。魚もよく観察できた。斑点が大きくてきれいなイワナであったよ。ワシには、神々しさまで感じられたな。よく覚えているよ。あんな姿のイワナなその後も見たことないな。

タカシとしてはいつものようにリリースするところだったが、家族にも見せてやりたかったんだろうな。思いとどまって、袋に入れたまま活かして帰ろうとしたんだよ。でも、それは無理だとワシは言ったんだ。家に着くまでに時間がかかるからな、酸欠で死んじまうだろうって。死んじまうのは時間の問題だろうから、苦しまないようにひと思いにやっちまいな。と、魚体を両手で鷲掴みにして後頭部を石に強く叩きつける動作をやってみせたんだ。ワシも最初のころは釣ったイワナを絞めていたことがあったからな、だれかから聞いたんだ、そうやると苦しまずにイワナは成仏するとな。

それでタカシはどうしたかと言うと、袋の中でパクパクと呼吸しているイワナとしばらく目を合わせていたがな、「そんなことオレにはできねぇ」と、情が厚くてワルになりきれない山賊のような顔をしてうな垂れていたよ。タカシは若い頃から無精ひげ生やしていたからね。体も大きかったしな。ぱっと見、そう見えなくもなかった。

その後どうなったのか、ということなんだがな、残念ながら忘れちまった。今となってはタカシに聞きようもないからな。わからないが、持ち帰って食膳にあげたのだったかもしれないな。一匹のイワナを家族で囲む風景が目に浮かぶ。だけれども、これからは推測だがな。きっと家に帰った時に、すっかり姿を変えてしまって色褪せたイワナの姿にタカシはショックを受けたんだろう。そういう奴だった。だからタカシの思いも家族には伝わらなかったのではないかな。タカシはその後も、この川に通い続けていたが、その後は獲物を絞めたという話は聞かなかったな。