ライズを待ち続けて

東北の渓流を舞台とした釣り物語

釣り爺様の昔語り カーティスクリーク 6/8



実はタカシがその大きなイワナを釣った閉じた沢があるところは、この川のイワナ釣り場のほんの入り口でしかないんだよ。本流の奥は深くてな、山道から杣道を経て川原に降りてからも川は延々と続いていた。地図で見ると、源流はいつかの支流に分かれていて、やがてピークに至る稜線に遮られて途絶えている。そこまで行ったら,どんな釣りができるのだろうか、とな、仕事をしていてもな、何をしてもふと考えているようになってな。白昼夢に取り憑かれるとはこんな風になることをいうのかな。恋と似ているな。笑笑。

それでな。ある夏にな、非常食を携帯してな、装備もそれなりにしてな、タカシと遡行したこともあるんだよ。ひたすら歩いてな、途中良いポイントがあっても竿を出すのは我慢してな、目指した奥の三股までまっしぐらにやってきた。昼頃になっていたな。それから満を持して釣り始めたわけよ。

ところが生憎天気の良すぎる日でな、ドライフライには殆ど反応しなかった。小さいのが少し釣れただけだった。大分奥に入ってきてしまったので、帰る時間を考えると長居もできずにな、惜しむようにパックロッドをたたんで、とぼとぼと足を引きずるように引き返してきたんだよ。そんで夕暮れにな、入渓した地点あたりに近づいて来たら、なんと、川のそこら中にイワナが広がっているんじゃないの。奥まで苦労して行ったのが無駄足だったんだな。やっぱり夕まづめ時が狙い目なんだなということで、次はテントを持ち込んで再チャレンジしたこともあった。でも今度は雨にたたられてしまい満足な釣りはできなかった。この時は確か2泊3日やって一匹も釣れなかった。冷たい秋雨が降り続く日でな。後から聞いたら、その直前までは釣れていたそうだが、雨をきっかけにいっせいに魚が遡上してしまったらしい。不思議なことだな。

そんなわけで、タイミングが合わないことが続いてすっかり気がめげてしまってな、ワシはその川とは疎遠になってしまった。けれど、タカシはその後もひとりで通っていた。タカシによると,シーズン初めの魚影の濃さも終盤にはイワナの姿を見かけなくなるくらいに減るということでな、やはり奥地と言えども,入れ替わり釣り人が入っている影響がなんだろうな。そう言えばタカシからこんなことも聞いたな。ある年の夏にな、その地方が大型の台風に見舞われて,川まで通じている道路が崩れてしまったことがあった。春になって復旧工事は始まったが終わったのは夏になってからだった。ほぼ丸一年閉ざされたわけだよ。たまたまその直後のタイミングで入った時はこれまでにないくらい魚が濃かったそうだ。ということは,イワナは自己繁殖をしているものの、毎年相当の魚が釣りあげられ,絞められているのが分かるな。それでも他の川に比較すると魚は多い方だったから、差し引きのバランスはプラスだったのだろうな。だから、毎年釣りを楽しめたというわけだ。