ライズを待ち続けて

東北の渓流を舞台とした釣り物語

釣り爺様の昔語り カーティスクリーク 1/8


今日はこれから皆にある川の話をしようと思う。食べながら呑みながらでも聞いていっておくれ。

30年も前の話になるがな。その頃には毎年の気候の変わりぶりが激しくなっていてなあ、冬の間に降り積もる雪の量も年によって違ってくることが多くなってきておった。春になってから、気温も急に上がって夏のような陽気になることもあった。そうなると、とたんに雪解けが進むのだよ。皆も知っての通り、雪解けの水は雪代水といってな、冬から春にかけて雪が解け始めると、一斉に川に水が流れ込む。その間はまったく釣りにはならん。なぜかというと、水が多すぎるし、その上濁ってしまっている。なによりもあぶねえのさ。川に飲み込まれそうになる。水がすっかり引いてから本格的な渓流釣りのシーズンが始まるんだが、その時期が予測しにくくなっていた。だから、ワシは、ウエブサイトでな、水量のデータやライブカメラをチェックして、情報を集めるようにしていたんだよ。そして、釣りに入る日を決めるようにしていたんだ。

というのはな、その川はここからずっと遠くにあったんだ。ひとつひとつ数えたいったわけではないがな、少なくとも6つの川と2つの大きな峠を越えていかねばならないところにあった。もし、昔のように歩きで行くなら数日はかかっただろうな。人が住んでいる部落からも、ずっとずっと離れている山の奥にある渓流だった。

しかもな、そこまでの山道がまた険しかった。急な山の斜面をな、直角に削り取ったようにして道路は作ってあったからな、道路の幅は狭く、車同士のすれ違いも容易ではなかった。古い道路でな、ガードレールは設置されていなかった。山道を登るにつれて道路と谷底との高低差がどんどん広がるわけだが、その深い谷底までまる見えだった。もし、ハンドル操作をひとつ間違って、4つあるタイヤの一つでも崖側に脱輪したら、車は間違いなく真っ逆さまに谷底まで転がっていっただろうな。そんな道を辿っていかねばならなかったのだよ。

こんなわけでな、釣りをするまでには相当な手間暇とリスクもあるもので、年に何度も足を運ぶこともままならず、時期を狙いすまして行ったのだよ。でもな、こういったことは悪い面だけではなかった。人を遠ざけることにもなっていたのは間違いなくて、おいそれと気軽に行けるところではなかった。そこへとつながる道路も春遅く開通するわけだけど、その後も雨が降った、嵐が来たとなると、土砂崩れが起こりやすかったのでな、道路の補修工事のために度々通行止めになった。だから、釣り人は入ってはいたけど、その数は自ずと制限されていて、その結果、魚の数が保たれていたということになるな。魚といってもな、そこで釣れるのは全てイワナさ。