ライズを待ち続けて

東北の渓流を舞台とした釣り物語

2021-01-01から1年間の記事一覧

川で失くしてきたもの   9 お別れ

シンジは次の年の春、鉄塔高校に入学した。校内では、暴力もけんかもなく、盗みもなく、平和な生活を送ることができた。一方で、シゲハルの消息はまったく分からなかった。もちろん、鉄塔高校を受験したメンバーにはおらず、高校を受験したのかさえ定かでは…

川で失くしてきたもの   8 小沼先生の失態

「今日はたいへん珍しいお客さんをお迎えしています。」 と、校長先生は中学校の体育館のステージに立って、マイクロホンからフロアーに整列して立っている全校生徒に晴れ晴れしく語りかけた。 「ジェニーさんは、アメリカ合衆国のニュージャージー州から来…

川で失くしてきたもの   7 鉄塔高校

中学3年生も半ばを過ぎたころ、シンジはシゲハルから問いかけられた。 「シンジ、だれでも勉強すれば成績は上がるんだろ。」 シンジは前回の中間試験で成績が上がり、クラスメートの前で学級担任の先生に名前を挙げて褒められた。それは、塾通いをしたこと…

川で失くしてきたもの   6 シゲハルの住まい

その日、シンジは学校からの帰り道にシゲハルの家に寄った。シゲハルに家に行くのは初めてあった。シゲハルの家は平屋の一軒家で、シンジが玄関に向かって歩もうとすると、シゲハルは、あわててそれを制して 「こっち」 と、母屋の隣にある木造の小さな倉庫…

川で失くしてきたもの   5 フライフィッシングとの出会い

シンジはシゲハルと二人だけで話すのは、その時が初めてだった。シゲハルも釣りが好きで、ひとりであちこちの川に出かけて、川釣りをしていることをシゲハルの話から初めて知った。シゲハルの方も、シンジが同じ趣味をもっていることに好感を持ったようであ…

川で失くしてきたもの   4 釣り友達 

シンジもまた、中学生活に馴染めない生徒のひとりであった。シンジは中学入学後、運動部に入ったが、他の部員が簡単にこなしている日々の練習についていくのが辛かった。先輩からは根性がない奴だと思われているのが悔しくて、意気地を見せようとも思うのだ…

川で失くしてきたもの   3 失われた教科書

シゲハルは、中学校の教室の中ではいつも一番前の席に座っていた。背丈が低いということもあったのかもしれないが、むしろ教壇に立つ先生の目が届くところに座らせられていたというところだった。というのも、シゲハルの言動には他の生徒とは異なる奇妙なと…

川で失くしてきたもの   2 キャップ

それはロッドを納めるアルミ製のケースのキャップ(蓋)のことであった。それを失くした時のことはよく覚えていた。 釣りを終えて、車から取り出したケースに釣り竿を収納しようとした時に、キャップを足元に落としてしまった。夕暮れ時であり、暗くなった草…

川で失くしてきたもの その1 プロショップ  

シンジは長い間務めた職場を退職したが、まだ気ままに釣りをして暮らせる年齢ではなかった。半年ほど就職活動を続けて、春から雇用されることになったものの、運悪くコロナ禍の影響があって実際に働き始めるのは、5月の連休明けとする通知が届いた。まだ春…

クマより怖いもの

荒川と言っても山形県から新潟県を経て日本海側に流れる川のことだけれど、その上流域はフライフィッシングにとても適している川である。大小の石がゴロゴロと転がる河原が広がり、その中を透明度の高い美しい水が流れている。河畔林にフライをひっかける心…

蜘蛛おじさん

3月で仕事を辞めてしばらくはすることもなくぶらぶらしていた。早朝の出勤時間帯に、3車線を埋め尽くした車の列が速い速度で流れている。その傍らで愛犬と散歩していると、あらためて身体じゅうから仕事の重圧が抜けていくのを感じた。 そろそろ釣りに出か…

イワナがじゅうたん模様になっている川 

年に一度、気心の知れた仲間と釣りを目的とした野外キャンプをしてきた。日帰りでは遠くて行けないような地方の川のすぐそばに寝泊まりして、釣り三昧を体験しようという狙いである。帰宅時間を気にしないで夕方のライズを狙うとか、まだだれもいない早朝の…

アレクサンドラ・オブ・デンマーク           

今年の夏至の日に西津軽の追良瀬川まで、はるばる釣りにでかけた。追良瀬川は久しぶりで、震災後は初めてであった。いろんな思い出があり楽しみにしていた。しかし、着いてみると川の水は少なく、河原の石は乾ききっていた。これでは魚も育っていないだろう…

久慈川の釣り

久慈川についたのは、旅の3日目の朝だった. 前の日から間断なく降り続けていた弱い雨が止んだものの、日が明けた時間になっても、宿の周囲は立ち込めた深い霧に覆われて静まり返っていた。ビジネス客たちが出発した後のホテルの食堂で、遅い朝食をとってか…