ライズを待ち続けて

東北の渓流を舞台とした釣り物語

釣り爺様の昔語り カーティスクリーク 3/8

前の年にそんないい思いをしたものでな、次の年もまたチャンスを狙っていたのだ。ところが、その年の6月の上旬は雨が続いてしまっていてな、中旬になると今度は気温が上がらなかった。天候につられてこちらの動きも鈍く、なんだかその気にならなかった。そういうこともある。そんな気乗りのしないときは控えるものとワシは思っている。心の声というかな、それはないがしろにしない方がいいのだよ。そんなわけで、何回か延期された上での釣行だったからその年に初めてその川に入った時期は少し遅かったな。当日、ワシは、早起きをして家を出発し、途中で待ち合わせしたタカシの車に乗り換えて、早朝の道路を西に向かった。最後の人家から川をひたすら遡り、この時も一台の車にも行違わずに車止めに着くことができた。

この川はな、実は入渓点からまもなく左右に分かれている。右が本流で、左は水量にすれば5対1くらいの割合の支流さ。その支流の方を川上に向かってしばらく歩くと、また左から川が流れ込んだ。この沢がな、ちっと変わっているんだ。

まず、入り口のところがな、間口が狭くてな、両岸がごつごつした岩盤で垂直に切り立っているんだ。中に入ってからも、幅の狭い流れがずっと続いているんだよ。いわゆる廊下とも呼ばれる地形だな。広々として見通しが良いのを開豁な谷と言うことがあるけれど、ここは正反対のいわば閉じた谷さ。日の光があたる時間が少ないので、日中でも谷間は暗いんだ。しかもクランク状と言ったらわかるかな、川の蛇行する角度が直角になっているところが度々現れる。道路の突き当りの先が見えないのと同じでな、流れの先が見通せないという地形なんだよ。これはちょっと怖いものだよ。曲がった先に、なにがいたとしても、近くまで行ってみないと見えないのだからな。実はな、その沢で一人で釣りをしている時にな、背中の筋が凍りつくような経験をしたことがある。

その時は調子よくその沢を釣り登って行って夕暮れの時間になった。もうそろそろ引き上げなければならなかったんだがな、次のポイントを釣ったら竿を収めようと思いながら、そこまで来ると、また次のポイントまでと時計を見ながら繰り返していた。まあ欲張ってしまったのだな。そんである角を曲がってみたら、狭い河原に何かが見えるわけだ。何かが置いてあった。何だと思う? それがな、ランドセルなんだよ。背中をこちらに向けてな、一つだけポツンとあるの。前にも説明したとおりにその沢は人里から遠く離れているしな、もちろんその上流にも人が住んでいるってことはない。ましてや小学生がランドセルを背負ってくるような場所ではない。腰が抜けそうになってしばらくは動けなくなったな。

でもな、よく見てみるとただの大きな石だった。笑。怖いから、見間違えてしまったのだな。こう見えても、ワシは肝っ玉もその下にある二つの玉もな、体の割にはちっこくてな、いざとなると情けないんだ。笑笑。でもな、話したいことはそんなことではなくてな、この沢でタカシが釣った一匹のイワナのことなんだ。それがタカシの釣り人生を変えたとワシは思っているんだよ。