ライズを待ち続けて

東北の渓流を舞台とした釣り物語

 サクラマスの渚 2

 「魚が見えるの?」 

川を渡った女が、マコトたちのすぐそばまで近づいてきていた。男は口をつぐんでしまった。マコトは戸惑いながら逆に

 「何かを探していたんですか。」

と問い返した。白いクロップドパンツを履いた女は、見てと言って、マコトまで歩み寄り、手に持った赤色のバケツをマコトの前に差し出した。バケツの中には、角がとれた石が数十個入っていた。ブラウン、グレイや、オーカー色に染まったもの。細かいゴマ模様、地層模様が入っていたりと、様々な種類の石がそこにはあった。

 「きれいな石ですね。」

 「そうでしょう。」

麦わらのつば広帽の下から女の笑顔が覗いた。女はガラガラとバケツをかき回して、一つ取り上げ、開いたマコトの両手の掌に乗せた。

 「これなんか素敵でしょう。」

深い紅色をした小さな石だった。

 「珍しい色でしょう。チャートという種類なのよ。」

固く、丸みを帯びていて、手触りが滑らかな石だった。チャートは昔の生き物が堆積してできたものだという。

 「おウチに飾ってみようかと思ってね。時々この海が恋しくなっちゃうからね。」

と言った。

その後も、女は、足元を見ながら渚を歩きまわり、座って海を見つめる男に近づいたり、離れたりした。マコトもその動きに合わせるようにして、並んで石を探した。そして、目に留まった石を拾い上げては、女の許へ持ち寄り、バケツの中に加えた。

空には、ウミネコが鳴き声をあげながら翼を広げて、風に身を委ねながら大きく旋回をしていた。沖でサクラマスが跳ねる音が風に乗って耳元に届いてきた。

 「ほら、あそこを見て。」

女は、浜のすぐ後にある断崖を指さした。

 「この層はカキの化石よ。」

近寄ってみると、崖の足元から2、3メートルの高さまでのグレイの地層には石化したカキが積み重なっていた。おびただしい数のカキは、触ってみるとごつごつとした塊だったが、手に取るとパラパラと砕けた。その層の上には異なる色の土が数メートルの高さで乗っかり、さらにその上には草が生えて松林が空に向かって枝を伸ばしていた。

 「この地層がここにできるまでにはどのくらいの時間が経ったのだろう」

とマコトが独り言をつぶやくと、女は、

 「8500万年くらいかな。」

女によると、このあたりの地質はとても古くて、カキの他にもいろいろな化石が発見されるのだということであった。

 「すごく詳しいんですね。」

マコトは女を見つめた。

 「おーい、あきちゃん。帰るよ。」 

海岸に隣接した駐車場に先に戻っていた連れの男が女を呼んだ。女は相槌をうち、

 「時間になっちゃったから、そろそろ帰るわね。」

と別れを告げた。マコトは、掌に残った石を返そうとしたが、女はそれを押しとどめた。マコトは礼を言って、石を握りながら女の後姿を見送った。女は石のたくさん入ったバケツを両手で抱えて、川沿いの細い道を辿って行ったが、駐車場まで出たところで振り返った。そしてバケツを足元に置き、メガホン状にした両手で口元を囲い、こちらに向かって大声を出した。

 「元気でいてねー また来るねー」

マコトには、さっき初めて会ったばかりなのに、大切な人と別れてしまうような気持ちがこみあげてきた。だが、引き留める手立てもなく、大きく手を振って女の声に応えていた。

そういうマコトの傍らで、それまでは息を潜めるようにして海の魚の動きを追っていた男が「あきも達者でな。」と小さく呟いた。