ライズを待ち続けて

東北の渓流を舞台とした釣り物語

釣り小説

 サクラマスの渚 2

「魚が見えるの?」 川を渡った女が、マコトたちのすぐそばまで近づいてきていた。男は口をつぐんでしまった。マコトは戸惑いながら逆に 「何かを探していたんですか。」 と問い返した。白いクロップドパンツを履いた女は、見てと言って、マコトまで歩み寄り…

 サクラマスの渚 1

目の前には初夏の日差しを浴びた海原が広がっていた。沖からは浜辺に向かって緩やかな風が吹いており、砂浜にさざ波を打ち寄せていた。そして波間には時折大きな波しぶきが跳ね上がった。浜辺の背後はすぐに切り立った崖になっていて、表面の地層を露わにし…

川で失くしてきたもの   9 お別れ

シンジは次の年の春、鉄塔高校に入学した。校内では、暴力もけんかもなく、盗みもなく、平和な生活を送ることができた。一方で、シゲハルの消息はまったく分からなかった。もちろん、鉄塔高校を受験したメンバーにはおらず、高校を受験したのかさえ定かでは…

川で失くしてきたもの   8 小沼先生の失態

「今日はたいへん珍しいお客さんをお迎えしています。」 と、校長先生は中学校の体育館のステージに立って、マイクロホンからフロアーに整列して立っている全校生徒に晴れ晴れしく語りかけた。 「ジェニーさんは、アメリカ合衆国のニュージャージー州から来…

川で失くしてきたもの   7 鉄塔高校

中学3年生も半ばを過ぎたころ、シンジはシゲハルから問いかけられた。 「シンジ、だれでも勉強すれば成績は上がるんだろ。」 シンジは前回の中間試験で成績が上がり、クラスメートの前で学級担任の先生に名前を挙げて褒められた。それは、塾通いをしたこと…

川で失くしてきたもの   6 シゲハルの住まい

その日、シンジは学校からの帰り道にシゲハルの家に寄った。シゲハルに家に行くのは初めてあった。シゲハルの家は平屋の一軒家で、シンジが玄関に向かって歩もうとすると、シゲハルは、あわててそれを制して 「こっち」 と、母屋の隣にある木造の小さな倉庫…

川で失くしてきたもの   5 フライフィッシングとの出会い

シンジはシゲハルと二人だけで話すのは、その時が初めてだった。シゲハルも釣りが好きで、ひとりであちこちの川に出かけて、川釣りをしていることをシゲハルの話から初めて知った。シゲハルの方も、シンジが同じ趣味をもっていることに好感を持ったようであ…

川で失くしてきたもの   4 釣り友達 

シンジもまた、中学生活に馴染めない生徒のひとりであった。シンジは中学入学後、運動部に入ったが、他の部員が簡単にこなしている日々の練習についていくのが辛かった。先輩からは根性がない奴だと思われているのが悔しくて、意気地を見せようとも思うのだ…

川で失くしてきたもの   3 失われた教科書

シゲハルは、中学校の教室の中ではいつも一番前の席に座っていた。背丈が低いということもあったのかもしれないが、むしろ教壇に立つ先生の目が届くところに座らせられていたというところだった。というのも、シゲハルの言動には他の生徒とは異なる奇妙なと…

川で失くしてきたもの   2 キャップ

それはロッドを納めるアルミ製のケースのキャップ(蓋)のことであった。それを失くした時のことはよく覚えていた。 釣りを終えて、車から取り出したケースに釣り竿を収納しようとした時に、キャップを足元に落としてしまった。夕暮れ時であり、暗くなった草…

川で失くしてきたもの その1 プロショップ  

シンジは長い間務めた職場を退職したが、まだ気ままに釣りをして暮らせる年齢ではなかった。半年ほど就職活動を続けて、春から雇用されることになったものの、運悪くコロナ禍の影響があって実際に働き始めるのは、5月の連休明けとする通知が届いた。まだ春…