ライズを待ち続けて

東北の渓流を舞台とした釣り物語

川で失くしてきたもの   7 鉄塔高校

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中学3年生も半ばを過ぎたころ、シンジはシゲハルから問いかけられた。

「シンジ、だれでも勉強すれば成績は上がるんだろ。」

シンジは前回の中間試験で成績が上がり、クラスメートの前で学級担任の先生に名前を挙げて褒められた。それは、塾通いをしたことに拠るところが大きかったが、シゲハルは、そういうことは知らずに尋ねてきたものと思った。

「だれでも勉強すれば鉄塔高校に入れるんだよね」

鉄塔高校とは、その地域の進学高校であった。旧制中学からの伝統があり、文武に優れていた。シンジも進学先を考える時には、その高校を意識していたが、秀才が競い合うその学校の合格レベルに達することは楽ではなかった。だから、クラスの中でも下位にあるシゲハルが、3年生のこの時期からどんなに勉強をしたとしても、合格することは難しかった。しかし、シゲハルの顔つきは真剣であり、その勢いに抗おうとはせずにシンジは建前論を言ってしまった。

「そうだと思うよ」

「オレさ、高校には行けないと思っていたんだよ。じいちゃんがさ、金かかる、働けと言って、今までは反対していたんだ。でも、鉄塔高校なら認めると言ってくれたんだ。」

シンジには、底意地の悪いじいちゃんが、シゲハルをもてあそんでいる姿が目に浮かんだ。学費を出してやる気持ちは毛頭なく、卒業後は働かせようとしているに違いなかった。しかし、シゲハルにはそれが分からないようで、高校入学への見通しが開けたように思っていた。

「オレさ、鉄塔高校目指して勉強を頑張るよ」

 

それからというもの、シゲハルは、授業中に寝ることはなくなり、先生の話に耳を傾けたり、手を上げて授業に内容について質問するようなこともあった。シゲハルのこうした変わりぶりは、先生も気づくようになって、シゲハルの成績が上がっていることを、小沼先生もほめそやした。

 

しかし、それでも全体の中では、成績は依然として下位にあることには違いなかった。シゲハルが必死になって勉強に取り組むその後ろ姿が目に入るにつけ、シンジはシゲハルに嘘をついてしまったような気がして、その思いは日増しに強くなっていた。シゲハルはシンジを信じて頑張っているが、やがて現実に気づく日が来るであろう。その時にはシンジを恨むのではないか。だましたと思うかもしれない。

 

そんなシンジの懸念とは別に、シゲハル成績を上げることに必死だった。一緒に勉強しようとか、勉強を教えてくれと、シンジを頼るようになった。それがシンジの重荷にもなっていた。シンジも受験生であり、自分の進学を考えるとシゲハルの勉強に付き合っている余裕もなく、シンジは理由をつけて断るようになった。それがシゲハルにしてみれば、冷たく突き放されるようになったと感じたのだろう、シゲハルはシンジに向けて拗ねた目をするようになり、やがてシンジに話しかけてくることはなくなっていった。

 

シンジは、以前母親から、シゲハルとの付き合いについて、小言を言われたことがあった。母親はシゲハルが学校の問題児であることを誰かから聞いてきたようで、シゲハルの家庭の内情も知っているような口ぶりであった。「友達は選ばないとだめよ」と母親は小学生に向かって話すような言い方をした。シンジは、友達付き合いにまで口を出されるのも疎ましかったが、それ以上に大人がそういう目でシゲハルを見ることに腹立たしかった。シゲハルが置かれた劣悪な環境を知らないままに、切り捨てるようなことを平気で言う大人に冷たさを感じた。母親の忠告なんて無視する筈だった。しかし、シンジは結局は母親の思う通りになっていったのである。